株式会社三井ハイテック

―研鑽 世界の人々に役立つ製品をつくる。―

私たち株式会社三井ハイテックは、福岡県北九州市に1949年「三井工作所」として誕生いたしました。1984年に現社名に変更し現在に至っております。
本社のある北九州市は古くから大陸との玄関口として栄え、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘で知られる巌流島も望むことが出来ますし、冬場の味覚「ふぐ」は関門海峡を越えた下関が有名です。 また、1905年官営八幡製鉄(現新日本製鉄)が初めて鉄を生産して以来、鉄鋼の中心地北九州工業地帯として重厚長大産業の町としての顔を持っております。
弊社は金型メーカーとして創業し、精密加工技術を核として関連事業へと拡大してまいりました。

『進取』

戦前までの金型製造は手作業による「職人の世界」。ヤスリ1本で鋼を削り出した後、熱処理をする為ひずみが生じ精度が出にくく、鋼の特性を掴むのには金型工として長年の経験とカンが必要でした。
「技能から技術」へを目標に、数々の技術開発を重ね1954年従来の方法から逆転の発想で開発した「熱処理後総研磨仕上げ金型」を完成させ、1研磨1万枚が常識だった時代に1研磨5万枚を打ち抜ける金型は画期的でした。

創業当時の作業風景 モーター金型
創業当時の作業風景 モーター金型

 

『根幹』

ヤスリ研修風景
ヤスリ研修風景

「ものづくり」=「手仕事による取組み」を尊重し、それを継承しております。現在に於いても、新入社員はもとより全社員を対象に「金型づくり」の基本として「ヤスリ研修」が進行中です。ヤスリ1本で3日間ひたすら材料と向き合い、手のまめをつぶしながら悪戦苦闘します。
基本の大切さと手から伝わるものに限らず人間の五感全てが試されます。

『挑戦』

自社製研削盤1号機
自社製研削盤1号機

金型の話ばかりになってしまいましたが、弊社の紹介をする中で金型との関わりを抜きには語れません。そろそろ工作機械の話に移りましょう。
三井の精密加工技術を研削の部分で支えているのが、研削盤を製造している工作機事業部です。弊社の2番目の事業部として生まれた社内設備部門は、第2事業部と呼ばれ、第1事業部(金型事業部)に主に研削盤を供給する事で金型の技術革新に貢献してまいりました。
1961年研削盤を外販するきっかけは金型を購入  頂いたお客様よりメンテ用に分けて欲しいとのご要望に応えるためでした以来お客様に役立つ製品づくりに邁進し、2001年には汎用モデルである“MSG-200M”が生産1万台を達成いたしました。そのうち6割以上を海外に輸出しており、まさに世界の人々に役立つ製品となったと自負致しております。

その後、MACシステム(積層鉄心金型内自動結束装置)・ICリードフレーム、IC組立と事業展開するなかで、より精密加工の重要性がクローズアップされ研削盤においても、汎用機からNC機の開発・移行、ミクロンからサブミクロンへの対応等その時々において新たな課題に挑戦してまいりました。
最近では、ハイブリッドカー用モータコアや携帯電話の振動モーター用コア等も手がけており、精密加工への探求は留まるところが有りません。 また、お客様のご要望に応えて、独自のカリキュラムをもつ「三井金型学校」を設け研削技術の指導もしております。1983年開設以来、ここで技能を習得された方はすでに3,000名を超え、各企業で活躍されています。

『互恵互善』

 私たちは環境問題にも積極的に取り組んでまいりました。1999年には 国内5事業所においてISO14001の認証を取得致しました。
 また、毎年7月に行う夏祭りでは地域の人々との交流を大切にし、12月になると本社敷地内のある木にイルミネーションを付けてクリスマスツリーに見立てると多くの方が写真撮影に訪れます。

 今年2月のより新体制で新たな一歩を踏み出しました。
 これから先も、技術開発志向型の企業であり続けるために新しい発想と技術を追求してまいりますので、今後ともよろしくお願い致します。

本社工場全景 最新鋭NC研削盤(ナノへの挑戦)
本社工場全景 最新鋭NC研削盤(ナノへの挑戦)
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