株式会社カシフジ

人に優しく、かつ使う人の立場にたった機械づくり

京都の玄関口、京都駅から南へ電車に揺られ、車窓に映る世界遺産、東寺の五重塔を見ながら、程なくするとカシフジ本社工場の最寄り駅、上鳥羽口に着きます。1,200年以上の歴史や文化を脈々と受け継ぐ京都は、日本は元より世界各地から多くの人々を惹きつけてやまない街ですが、日本でも指折りの工業都市としての一面もあります。煙突が林立する重化学工業ではないものの、先端技術産業を中心にモノづくりとして世界的に有名な企業が数多く存在します。カシフジ本社工場には、上鳥羽口駅から徒歩10分程で到着となります。京都の文化の土壌が育まれ、モノづくり都市・京都が発展したように、私達カシフジも上鳥羽の地において、京都の文化・歴史の発展と共に歩んできました。カシフジは1918(大正7)年に国産初の40吋ホブ盤の開発に成功し、京都市電の修理用歯車を製造販売したことに事業の礎があります。京都だからこそのカシフジ、京都企業カシフジです。

弊社は従業員207名、資本金1億円、京都市南区上鳥羽鴨田28に本社を構える工作機械メーカーです。CNCホブ盤、CNCホブ研削盤、歯車面取盤、CNC精密複合加工機、CNC精密複合研削盤等の製造及び販売を行っています。

弊社の創業は1913(大正2)年まで遡ります。創業者・樫藤留三郎が京都市下京区壬生朱雀町に合資会社樫藤鉄工所を設立し、ボール盤、試験機、染色機、木工機械の製造・販売を開始したのが始まりです。それから間も無い1918(大正7)年、留三郎が京都市電で使われていたドイツ製の歯車製作機械をスケッチし、国産初のホブ盤を試作して以来、数多くの工作機械を世に送り出してきました。

 1895(明治28)年、京都に日本で最初の路面電車が走る。 (チンチン電車)1912(明治45)年 京都市電車開業 1918(大正7)年 40吋ホブ盤の試作完成 
1895(明治28)年、京都に日本で最初の路面電車が走る。
(チンチン電車)1912(明治45)年 京都市電車開業
1918(大正7)年 40吋ホブ盤の試作完成

1932(昭和7)年からホブ盤の製造・販売を本格的に開始すると、1954(昭和29)年には通商産業省の工作機械試作補助金を受け生産ホブ盤KS20を開発。翌々年の1956(昭和31)年にも同補助金を受け、一回り小型のより使いやすい生産ホブ盤KS14を開発しました。このKS14は2003年に「ロングライフ・ベストセラー賞」(歴史的価値のある工作機械を顕彰する会)を受賞するなど、長年にわたってお客様に親しまれ、弊社を代表する製品のひとつとなっています。

以来、1976(昭和51)年に超硬ホブ切り実用機を開発、1979(昭和54)年に業界で初めてホブ盤のCNC化に成功、1994年に切削油を使用しない超高速ドライカット対応機を開発、2002(平成14)年には「焼入れ歯車の仕上げをホブ盤で」というニーズから新しい加工方法「ハードホビング」を確立するなど、弊社は工作機械の中でもホブ盤の専業メーカーとして今日まで歩んできました。

そんなカシフジが目指すのは、人と環境に優しく、基本機能を十二分に備え、かつ使う人の立場に立った最高の製品システムです。これを実現するために1998(平成10)年には品質マネジメントシステムに関する規格ISO9001の認証を取得、2004(平成16)年には環境マネジメントシステムに関する規格ISO14001の認証を取得し、現在も全力を挙げて取り組んでいます。

当社は1913(大正7)年の創業から既に100年程になりますが、自負できることは職人の技術・技能を連綿と引き継いできたことです。今後も高い技術力を持った従業員を育てることを大切にし、さらに向上させるための努力を続けていきます。

工作機械は一度導入されると長期にわたり活用されるものです。良い機械は創り手が言葉を尽くさなくても、使えば使うほど機械自らがその確かさ、優秀さを語りかけてくれます。このような安心を創り、広く社会に提供していくこと――それが弊社の企業理念です。この企業理念のもと、弊社は工作機械とともに歩み続けます。

会員皆様におかれましては、今後ともカシフジをよろしくお願い申し上げます。

本社工場屋上のフットサル専用コートとクラブ員
本社工場屋上のフットサル専用コートとクラブ員
 本社工場風景
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